二匹のキジ猫との暮らし。


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勝負事。

マジック3!
阪神優勝までとうとうマジック3である。

ことしの阪神は2年前の勢いで勝ってきた阪神とはちょっと違う。
まさに地力がついた。そんな感じである。

マジックは2位の中日が負ければ一度に2個減るが、
中日もなかなか負けない!これがおととしの阪神なら、
じりじり追いつかれて苦戦したかもしれないが、
ことしの阪神は自分達の野球さえやっていれば勝てる。

昨日9月25日の試合もまさにドラマをみているような大逆転だった。
九回の表、一番打者の赤星がファールで粘りに粘って塁に出た!
いけるかもしれない!赤星が塁にでると期待が高まる。

二番打者鳥谷がきっちり送って、赤星二塁。
次の濱中も四球で出塁。
アニキの金本はゴロに終わったが走者は一・三塁。

後のない九回二死でバッター今岡。
カウント2ストライク1ボール。
広島にしたらあと1球で試合は終わる!まさにその瞬間。
今岡の打った打球がレフトスタンドへ静かに消えてゆく。
私はしばし万歳と、両腕を振り上げたまま…。


ついでながら
土曜日の鹿島対ガンバの試合。
後半44分ガンバに逆転された絶対絶命の鹿島。
負ければ勝点差は4に広がる。

ロスタイムは2分。
もう勝ったと思ったガンバの一瞬の隙をついて
最後まで諦めなかった鈴木が競ってパスを出し、アレックスミネイロがゴール。
同点に追いついた鹿島ベンチは勝ったような大騒ぎ。
勝点差は1のままですんだ。

勢いのあるガンバ。
鹿島は1つ1つ勝っていくしかない。
自分達のゲームを見失わないで全力を尽くす。
それが優勝につながる事を彼らは十分知っている…。


それにしても琴欧州も勝ってほしかったなぁ!!!
それでも叶わなかったのは、もう少し地力が必要だってことかな…。
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by iiotoko-site | 2005-09-26 13:00

『ジョゼと虎と魚たち』

「ジョゼと虎と魚たち」を見た。
見ながら私は古い友人を思い出していた。

足の悪いジョゼと中学のとき親友だった彼女がダブる。
私の友人は足が悪かったわけではない。
彼女の家庭は私の家庭よりすこしだけ複雑で
父親に性的虐待を受けそうになったことがあるとも聞いていた。

夜中に電話がかかり「今、ナイフでおなかを刺して外にいる」といってきたり
薬を飲んで救急車で病院に運ばれ胃洗浄されたり…。
子供だった私には対処しきれないことが頻繁にあった。

高校を卒業して、彼女の両親は離婚したが、
彼女の周りは相変わらず問題だらけで
家族やほかの友人らがお手上げ状態の時でさえ
私は彼女を見捨てることができなかった。

それは自分でも感心するほどだったが
正直私はしんどかった。
できることなら逃げ出したかった。

今の友達と知り合った頃、彼女にも別の友人ができ
私と彼女の世界はだんだん遠くなって
彼女との付き合いも薄くなった。

しばらくして私は結婚し、その数年後、彼女も年下の人と結婚した。
その後は子供が生まれたと知らせがあったっきりで
ある日実家にいると電話が来たので会い行った。

はじめてみる当時3歳になる彼女の子供は脳性マヒだった。
生まれた時へその緒が首に巻きついていたのが原因だという。
どうして彼女はこうまで過酷な運命の持ち主なのだろう。

しかし彼女はそんな事にはめげないたくましい母になっていた。
それから数年して二人目も生まれたと聞くが
それが最後でもう何年も会ってはいない。

彼女を思うとき彼女の母親に
「女の友情なんて一生は続かないものよ」
と言われたことを思い出す。

私は思う。
誰でも他人に重荷を背負わせてはいけない。
自らがそれを重荷と思わないのでなければ
背負うものだけでなく、背負わすものにとっても
また重荷になるはずだから…。

彼女の重荷を一緒に背負うのは私ではなかった。

そういう私も彼女にこそ負けるが
今は十分過ぎる重荷を背負って生きている…。
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by iiotoko-site | 2005-09-18 17:39

「メゾン・ド・ヒミコ」

「メゾン・ド・ヒミコ」はゲイの為の老人ホームという
ある種偏った世界観の物語りのようで、実は
まったく普遍的なテーマを描いた話である。

老いること。それはゲイだろうと誰だろうと一緒である。
老人の一人が脳卒中で倒れ、寝たきりになると
聞かされた時、夢の楽園だと思っていた場所は
いずれは自分の番を待つ寂しい「終の住処」なのだと
ホームの仲間が気づくあたりで、友人と一緒に住む家を計画中の私の
一番の懸念をまざまざ見せ付けられたようで少々身に詰まされた。

残りの人生を数えるような歳になると
死を迎えるまで何を思って生きていくのか。

あっと言う間に過ぎてしまったこの20年を思うと
これから先の20年はもっと早いに違いない。

死ぬまで元気で、笑っていられるなら、それでいい。
どっちにしろ死ぬ時は独りなのだ。

せめてそれまでは一緒に!ヒミコの心境である。
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by iiotoko-site | 2005-09-15 08:58

運命とは。

今考えても不思議である。
なぜあの時あんなにもニコラス・ケイジが素敵にみえたのか…。

誤解のないようにお断りするが
ニコラス・ケイジが素敵じゃないといっているのではない。
ニコラス・ケイジはすばらしい俳優である。
しかし、私好みの俳優ではない。

それなのに、まるで魔法にかかった様にニコラス・ケイジに惚れてしまったのだ。

当時はWindows98が発売され、インタネットも盛んになりかけた頃だった。
私はネット検索でニコラス・ケイジのファンサイトを探しだし
そこのBBSに集うニコラス・ケイジのファンと仲良くなった。

ニコラスのファンは当然映画ファンでもある。
親しくなるにつれ自分達の観た映画の話になると、
私を含めたその中の数人がニコラス・ケイジの話より
ジョニー・デップの話で盛り上がるようになってしまったのである。

当然、顰蹙者のわれわれは管理人さんからやんわりお断りのメールを頂戴した。

ジョニー・デップにころんだ我々は、
ニコラス・ケイジのファンの中でいささか浮いた存在だった。
なぜニコラスが好きになったのかよくわからないという点まで共通していた。

せっかくなので造反組だけでジョニー・ファンの集まりを作り、今に至っている。

運命の出会いなどという、大げさな表現こそ似つかわしくないが
確かに運命はさりげなく、行くべき道を用意されているのだと
かすかに信じられるエピソードである。
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by iiotoko-site | 2005-08-26 16:17